推しが可愛い日常

推し(味方良介さん)が可愛い話をします

推しの生き様の話。

昨日は書いたけどなんかアレすぎて

上げるか迷って一晩寝かせました。

寝かせた結果、特に主だった内容に変更なく

ちょっとだけ追加して結局上げることにしました。

ま、いいか!

 

 

推しのファンは増えれば増えるだけ良いし

いろんな人がファンになったり好きになってくれたら

とても嬉しい…と思います。

 

しかし、他のファンにイラっとくることがないといえば嘘になります。

イラっとくるファンに対して私が何かするわけではないけど

心の底ではただちょっとイラっとして、

ちょっとずつ距離を置いてしまうことが多いです。

 

 

どういう方にイラっとしてしまうかというと…

推しの方向性とか…色々ひっくるめた「生き方」「生き様」に対して

過激な文句や批判を言う方です。

 

いや、ファンなら推しのやってることが

自分の望みと違ったら色々言いたくなるんでしょう。

そうでしょうね、そうなんでしょうね。

そこは理解しているつもりです。

 

でもそれ言って何になるの?ってつい思うんです。

自分じゃない人の人生じゃん!?

そこにそんな文句つけてどうなるの!?

って。

 

 

ここからは私のだいぶ個人的で…アレな話になってきますが、

私はいわゆる芸術大学と名のつくような場所に通った結果

現代美術をちょっとだけ齧って、ちょっとこじらせました。

ちょっとかな?うーん、どうだろう。

 

こじらせた結果、結局アーティストとは生き様であり

最終的な人生の美しさこそが真のアートである…

というような思想に行き着きました。

 

そんなこじらせた思想を持った私は

推しの人生、生き方にアートを見てしまったのです。

「この人生は美しいぞ!?」

「このままいけば最終的にすごいアートになるかもしれない」

と。

 

 

彼が困難に立ち向かったり受け流したり利用したりしながらも

思うままに生き、彼なりのフォームで夢に向かって走る…

 

その生き様こそがアートではないかと思う私は、

彼の生き様を妨害したり、勝手に手を入れて歪ませようとする行為を

とても受け入れられないのです。

 

そりゃ誰しも人生は外部からの様々な影響によって形を変えていきます。

それは美しいことです。

でも勝手に他人の意思で思うままに歪ませられることは違うと思うのです。

 

 

つまり私は彼の意思で作られた作品である人生が見たいのであり、

彼の作品が他人の意思で違うものになるのが許せない。

それは彼の作品ではなくなってしまうから。

 

いや、彼の人生という作品はそんな簡単に他人の意思で歪められるほど

弱いものではないことはわかっています。

それでも簡単に歪めようとするその意識が許せないのです。

そんなつもりはない、と言われるであろうこともわかります。

でも、腹が立つのです。

作者の意思を尊重しろよ!!ってことです。

 

 

キリンジの「メスとコスメ」という歌*1

「君は君のありたいようにあればいい 祈る僕さ」

という歌詞があって

推しを見ていると時々そういう気持ちになります。

 

ただ、君は君のありたいようにあってくれ

他の誰にも邪魔されないように…

 

 

 

まあファンに髪色リクエスト質問しといて

圧倒的黒髪リクエストをスルーして金髪にするし、

だいぶ金髪が馴染んできたかと思ったら

唐突にダークカラー&メガネがお気に入りになる推しだから、

どんだけ人に言われても自分のやりたいようにしかやらないとは思ってますけどね!

 

そこが大好き!!

 

 

 

 

*1:いやこれ美容整形についての歌なんですけど、そこは置いといてこのフレーズが好きなんですよね